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大阪高等裁判所 昭和31年(ラ)158号 決定

抗告人(債権者) 協同組合日本華僑経済合作社

相手方(債務者) 呂偏順 外一名

主文

原決定を取消す。

本件を神戸地方裁判所に差戻す。

理由

本件抗告申立の要旨は

「抗告人は相手方呂偏順に対し、抗告人と相手方呂偏順間の東京地方裁判所昭和三十一年(ワ)第一四一三号約束手形金請求事件について、同裁判所が、昭和三十一年四月二十四日に言渡した判決の執行力ある正本に基き、金額二百萬円、及びこれに対する昭和三十年十二月六日以降右完済に至るまで年六分の割合による金員の支払を受け得べき債権を有している。ところで別紙第一目録記載の不動産は相手方呂偏順の所有であるが、これについて多額の債権のために抵当権が設定せられている関係上、これを競売しても抗告人において弁済を得べき見込はないけれども、右不動産は別紙第二目録記載の第三者に賃貸せられ、その賃料収入は相当多額に上るから、これを不動産強制管理に附すれば抗告人の前記債権についても弁済を受け得べきことが期待せられる。よつて抗告人は先に、右不動産に関する東京地方裁判所昭和三十一年(ヨ)第六五一号不動産仮差押命令を得て、昭和三十一年二月十八日その仮差押登記を経由した後、神戸地方裁判所昭和三一年(ヌ)第三五号仮差押決定に基く不動産強制管理申立をなし、同年三月十九日右強制管理開始の登記を経由し、以来強制管理続行中であつたところ、本件原審決定後の昭和三十一年六月四日に神戸地方裁判所において右強制管理開始決定を取消す旨の決定がなされたが、抗告人はこれに対して即時抗告をなし、目下なお強制管理続行中である。従つてその後本執行のためになされた本件強制管理開始の申立記録は、当然に前記昭和三一年(ヌ)第三五号仮差押に基く不動産強制管理事件の記録に添付して処理せらるべく、右事件の記録には、前記不動産が債務者の所有であることを証することを証する書面として登記簿謄本、執行吏賃貸借取調調書、竝に管理人岡忠孝の報告書等が添付せられているから、民事訴訟法第六四三条第四項第七〇六条により、本件強制管理申立には、右書類の添付を要しないものであるにかかわらず、原審が、本件強制管理申立には目的不動産が債務者の所有たることを証する書面の添付なしとの理由によつて、右申立を却下したのは違法である。

もつとも本件不動産については登記簿によると、相手方華僑信用金庫が(イ)抗告人の仮差押竝に強制管理開始登記がなされた以前である昭和二十九年五月十二日神戸地方法務局受付第六九〇〇号を以て、同月十一日附売買予約による所有権移転請求権保全仮登記を(ロ)昭和三十一年四月七日前同法務局受付第五五九九号を以て右仮登記権利の抛棄による抹消登記を(ハ)同日前同法務局受付第五六〇〇号を以て、昭和二十八年十二月二十八日附代物弁済契約による所有権移転登記を(ニ)同日前同法務局受付第五六〇一番、第五六〇二番、第五六〇三番を以て、混同により第一、二、三番根抵当権消滅の登記を各経由しているけれども、右(ハ)の代物弁済による所有権取得登記は、既に同不動産について仮差押竝に強制管理開始決定について登記を経由している抗告人に対抗し得ないことは明である。然るに、相手方華僑信用金庫は、続いて(ホ)昭和三十一年四月十一日前同法務局受付第五八五五号を以て、前記(ロ)の仮登記権利の抛棄による抹消登記の回復登記を(ヘ)同日前同法務局受付第五八五六号を以て前記(ハ)の登記について「登記原因、代物弁済」を前記「仮登記についての本登記」として更正する旨の更正登記を経由している。

併し相手方華僑信用金庫が、一度抛棄を原因としてなした仮登記の抹消登記を、錯誤の理由により回復登記するためには、登記簿上利害関係を有する第三者に当る抗告人の承諾、又はこれに対抗し得る裁判の謄本を必要とすることは、不動産登記法第六五条の規定によつて明であるにもかかわらず、抗告人のかかる承諾、又はこれに対抗し得る裁判を受けることなくしてなされた右(ホ)(ヘ)の登記は無効である。仮に右の主張が認容せられぬとしても、金融機関である相手方華僑信用金庫は、相手方呂偏順に対して債権竝に抵当権を有していたのであるから、本件不動産を代物弁済として取得することはあり得るところであるとしても、これを右債務者との売買によつて取得するが如き関係にはなく、従つて前記仮登記権利の抛棄、竝に代物弁済による所有権の移転登記については何等の錯誤もないのにかかわらず、右相手方両名が通謀してなした前記更正登記、竝にこれを前提とする売買による所有権取得登記は無効であり、又仮に前記のような錯誤があるとしても、相手方等はこれについて重大過失あるものであるから、これを以て抗告人に対抗することを得ないものであり、従つて抗告人は依然として、本件不動産を呂偏順の所有として強制執行をなし得るものである。仮に右の主張も認容せられぬとしても、売買予約による請求権保全仮登記は、後に本登記がなされても、仮登記の時まで対抗力を遡及するものではなく、所有権が現実に移転した時迄対抗力が遡及するに過ぎぬ。然るに相手方華僑信用金庫が、本件不動産について現実に所有権を取得したのは、昭和三十一年四月七日以降のことであるところ、抗告人はこれより先に、仮差押竝に強制管理開始の登記を経由しているのであるから、相手方華僑信用金庫は、その所有権を以て抗告人に対抗し得ないものである。右の次第であるから、前記各登記の存在することは、実質的にも形式的にも、本件不動産について強制管理開始決定をなすことの妨げとなるものではなく、従つて前記のように、本件不動産が債務者の所有たることを証する文書を具備してなされた本件申立は適法であるにもかかわらず、右証明文書の添付がないとの理由により、抗告人の申立を却下した原決定は失当であるから本件抗告に及んだ。」と、いうにある。

よつて考るに、当裁判所において真正に成立したものと認める甲第十二号証によると、抗告人は先に相手方呂偏順に対して、東京地方裁判所昭和三一年(ヨ)第六五一号不動産仮差押決定を受けた上、神戸地方裁判所昭和三一年(ヌ)第三五号仮差押決定に基く不動産強制管理事件として、本件不動産について強制管理の申立をなし、よつて同裁判所は、昭和三十一年三月二十七日右強制管理の開始決定をなしたことを認め得る。ところで本件不動産強制管理の申立(神戸地方裁判所(ヌ)第六六号事件)は、右仮差押事件の本案勝訴判決に基いて、抗告人がこれを申立てたものであることは一件記録によつて明であるところ、既に仮差押命令の執行として不動産強制管理開始決定がなされている場合において、後日その本執行申立がなされた場合には、裁判所は改めて不動産強制管理開始決定をなすことを要せず、右本執行申立事件の記録を、仮差押執行による強制管理申立事件の記録に添付することにより、当然に本執行に転移するものと解すべく(大審院昭和十年五月七日判決参照)従つて、右仮差押執行事件の申立書類として、民事訴訟法第六四三条第一項第一号所定の「登記官吏の認証書」が具備せられている限りは、本執行事件の申立書類には、右書類の添付を要しないことは、同法第六四三条第四項第七〇六条の規定に照らして明である。然るに原審はこの点について何等審査することなく、漫然と本件申立には「民事訴訟法第六四三条第一項第一号所定の書類の添付はないし、その他申立記録を精査してみるに、右不動産が債務者の所有であることを証する書面がない。」との理由により、本件申立を却下したことは違法であるといわねばならぬところ、抗告人は、右仮差押執行の申立書には、本件不動産が相手方呂偏順の所有であることの記載ある登記簿謄本等が添付せられているけれども、なお念のために当審においてこれを追完するとして、甲第一号証(登記簿謄本)第二号証(神戸地方裁判所執行吏の報告書)第三号証(管理人岡忠孝の報告書)を提出したことは一件記録上明である。よつて右甲第一号証について検するに、本件不動産については、相手方華僑信用金庫のために抗告人の主張する(イ)乃至(ヘ)の各登記がなされていることが明であるが、右(ハ)の代物弁済による所有権取得登記は、これより先に本件不動産について仮差押による強制管理開始決定の登記を経由している抗告人に対抗し得ないことは明であり、又相手方華僑信用金庫がなした(ホ)の回復登記、即ち、前記(ロ)の仮登記権利の抛棄による抹消登記を回復した登記は、これについて登記上利害の関係ある抗告人の承諾書、又はこれに対抗し得べき裁判の謄本に基いてなされることを要することは、不動産登記法第六五条の規定から明であるにもかかわらず、本件における全資料によるも、右回復登記がかゝる適式な手続を経てなされたことの事跡なく、反対に当裁判所が真正に成立したものと認める甲第十号証の一、二、三によると、何等かゝる適式な手続を経ることなくしてなされたものであることが看取せられる本件において、右回復登記、竝にこれを前提とする(ヘ)の所有権取得原因の更正登記は、不動産登記法の規定に反する無効の登記であるとする外はないから、結局相手方華僑信用金庫は、その所有権を以て抗告人に対抗するに由なく、従つて本件不動産は抗告人との関係においては、相手方呂偏順の所有にかかるものとなすべく、又形式上においても、相手方呂偏順に対する本件不動産強制管理の申立については、民事訴訟法第六四五条第一項第一号所定の要件に欠けるところはないとしなければならぬから、抗告人の右申立を許容すべきであるにかかわらず、これを却下した原決定は失当であるからこれを取消し、本件を神戸地方裁判所に差戻すこととし、よつて民事訴訟法第四一四条、第三八六条、第三八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 田中正雄 観田七郎 河野春吉)

第一目録

神戸市生田区栄町通二丁目四六番地

家屋番号 四三番

一、石及煉瓦造三階建事務所 一棟

建坪 六十二坪六合

二階坪 六十三坪三合

三階坪 六十一坪九合

地下室 五十八坪六合

第二目録

神戸市生田区栄町通二丁目四六番地

第三者 華僑信金庫

右代表理事 王昭徳

同所

第三者 徳明商行こと

鄭徳安

同所

第三者 華僑文化経済会こと

陳義方

同所

第三者 共盛物産株式会社

右代表取締役 岡田吉次

同所

第三者 兵庫県澱粉工場協同組合

右代表理事 友田壮一

同所

第三者 三及物産株式会社

右代表取締役 木内幹雄

同所

第三者 協同組合日本華僑貿易商公会

右代表理事 陳義方

同所

第三者 日本華僑商貿易公会関西分会

右代表者 王昭徳

神戸市生田区北長狭通三丁目八番地

第三者 華僑貿易株式会社

右代表取締役 王昭徳

神戸市生田区栄町通一丁目十三番地

第三者 鈴木産業株式会社

右代表取締役 鈴木由松

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